東京高等裁判所 昭和31年(う)1654号 判決
被告人 小島彌三郎
〔抄 録〕
控訴趣意第一点について。
原判示大野信雄が幼時から性行不良で非行が多く、八才頃感化院に入れられ、その後前科を重ね成人するにしたがい、いよいよ兇暴となり、昭和二七年八月頃生母が被告人の妻みさであることを知つてから、しばしば小島家に出入し、その都度被告人らに酒や金銭を強要して畏怖させているうち、同年九月頃沼津病院に収容されて脳の手術を受け、駿府病院に転じて昭和二九年末頃退院したが、その後も兇暴性は治癒せず、絶えず被告人らを脅迫して金銭等を出させ、昭和三〇年九月一四日頃からは強いて被告人方に泊りこみ、酒を飲んでは暴れるので被告人らはその処置に困り、苦慮していたところ、同年一〇月二日夜信雄が酩酊して被告人らに金銭を強要し、種々暴言を吐き、土間の自転車や食器、台所用品を手当り次第に投げつけて暴れ廻つたので同日午後九時頃被告人は信雄に対する積り積つた忿懣が一時に発し、突嗟に信雄に制裁を加えようと決意した結果原審相被告人小島みさ、同小島良夫も被告人に加担して本件犯行に出たものであつて、大野信雄の右のような所為は不正には違いないが、常日頃繰り返されていたものの程度が激しかつたというにすぎず、いまだ刑法第三六条所定の要件である急迫にまで達したものとは断じがたく、これに対し被告人は妻みさ、長男良夫とともに信雄を取り押えることもできた筈であり、原判示のような被告人らの所為を已むことを得ざるに出でたものとは到底認めがたい。論旨は理由がない。
控訴趣意第二点について。
按ずるに、前記のような大野信雄の所業は被告人一家にとりまことに困惑の限りであつて、親族縁故者の指導監督は何ら効なく、警察力、少年保護処分はもとより刑罰をもつてしても信雄の性行を改めることは不可能の状態で、偏に信雄の自覚にまつよりほか手段方法とてなく、その信雄が一向に改善更生の気配なく、ますます兇暴性を現わすというのであるから、被告人らの積り積つた困惑と忿懣が信雄の常日頃にもました乱暴な所為をきつかけに一時に激発して遂に本件の犯行に出たのであつて、その情状はけだし憫諒すべきものがあるといわなければならない。さればとて尊い人命を無慚に失わせた被告人らの所為に対する責任も軽くはないので、原審が諸般の情状を考慮し、被告人に対し懲役三年の実刑に処し、他の原審相被告人小島みさ、同良夫に対し言い渡した懲役刑を執行猶予に付したのは家長たる被告人の責任を重視し、他を寛恕した量刑であつて、深慮の程も窺われ、必ずしも不当となしがたいのではあるが、その後の経過、被告人が深く本件所為に対し反省し、不幸な境涯であつた信雄の菩提をも弔う心境であることが窺われるので、当審としては、被告人に対しても刑の執行を猶予し、一家を挙げて睦しく生業に従事せしめることが特別並びに一般予防の見地からも妥当と思料せられるので、結局原判決は被告人に対し執行猶予を言い渡さなかつた点において量刑不当というべく、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。
(工藤 草間 渡辺好)